みどりのゆび 多摩丘陵フットパス・ウォーク
 


第26回  【フットパスガイド養成講座:桜お花見ウォーク】 
〜向島の桜を愛でる〜
【講師:小島政孝】 

(2013年4月6日(土)10:00〜15:30)

 

【内 容】昨年小島資料館の小島先生に恩田川の桜をご案内いただきましたが、今年は小島館長に向島の桜のご案内をお願いし、浅草の浅草寺から東京スカイツリーを見ながら桜を愛でる予定でした。残念ながら今年は桜が早く咲き散ってしまいましたが、向島の豊富な史跡を散歩しながらの歴史フットパスを楽しみました。
【コース】浅草寺・五重塔(10:00) → 伝法院(大絵馬と庭園) → 浅草神社 → 昼食(11:40) → 墨田区役所(勝海舟像) → 墨田公園(旧水戸下屋敷) → 牛島神社 → 三囲神社 → 長命寺 → 弘福寺 → 白髭神社 → 向島百花園 → 東向島駅で解散(15:30)
・参加者:5名
・天気:曇り(悪天候予報であったが)

               

浅草寺、五重塔前集合。今日(6日)は外出控えた方がの悪天候予報のため参加者は5名と少なかったが予定通り出発した(10:00)。 スタートは伝法院の特別展示中(〜5/7)の「大絵
馬寺宝展と庭園拝観」を見学した。浅草寺本堂に
掲げられていた宝物、徳川秀忠、家光の寄進した
金蒔絵の豪華な絵馬など展示、大絵馬の大きさ
には驚かされた。
 
大絵馬を見学後、伝法院の庭園を拝観した。約3,700坪、国指定名勝、寛永永年間(1624〜44)に小堀遠州の築庭と伝えられる。回遊式庭園で歩く位置によってさまざまの景観が楽しめる(10:50)。 趣のあるガラス窓の書院前、この地で出土した石
棺。古墳時代のもの、凝灰岩製。浅草寺の創建前
に浅草の地に有力な豪族が住んでいたことを示し
ている。
 
心字池の周囲の散策路。賑やかな浅草の中にとても閑寂な空間が残されていた。 桜は今年は早く終わってしまったが、池に散った桜
花の白い淀みと錦鯉の赤・白の色合いが花見の余
韻を楽しませてくれた。
 
右の伝法院を出ると新旧タワーのツーション、人気スポット奥山だ。左は「新奥山」として整備されている。往時の浅草の町人文化の賑わいを伝える各種の記念碑を見ながら本堂の参拝へ向った。 本堂を参拝後、浅草の総鎮守、浅草神社「三社さま」
へ。浅草寺本尊の観音様を引き揚げた桧前浜成・竹
成兄弟と土師真中知の3人を祀っている。朱塗りの権
現造りの社殿のこの建物は家光の寄進(1649年)、
奇跡的に今日まで残り、国の重要文化財となっている。
  
江戸っ子、三大祭の一つ、浅草三社祭の神輿の前で。大きな神輿で、一度に120人程度で担ぎ、交代要員を入れ200人以上が必要とか。 三社さまでは各種の桜まつりのイベントが開催。
これは東京きもの女王との写真撮影会、恥ずかし
いので遠くからご一緒に(11:20)
  
三社さまを出て、左の二天門で。かっての浅草寺境内にあった東照宮の門(1618年)この門だけが焼失せずに残り国の重要文化財。、左右に持国天、増長天の二天が安置されている。 浅草の見学が終わり仲見世通りの浅草今半(明治
28年創業)で昼食(11:40)。
     
昼食後、スカイツリーをバックに写真を撮る観光客の多い吾妻橋を渡り、いよいよ向島のフットパスを開始(12:25)。 橋を渡り左手リバーピア前の墨田区役所広場に勝
海舟像がある。この墨田区で生まれ24歳まで過ご
した。生誕180年を記念しての設立(2003年)。
              
枕橋のスカイツリー絶景ポイントを眺めながら歩くと旧水戸下藩屋敷跡、明治天皇も花見に訪れた場所で今は墨田公園になっていて、桜とスカイツリーの名所。公園内には尊王攘夷派の藤田東湖正気詩碑がある。 この公園の北側に牛島神社がある。創建860年の
古社でこの地の総鎮守、桜まつりのイベントで賑わ
っていた。
  
境内に石の撫牛の像がある。自分の具合の悪い個所を撫で、牛のその部分を撫でると体も心も治り、また、子供が生まれた時よだれかけを奉納し、これを子供にかけると健康に育つと信じられている。 途中「すみだ郷土文化資料館」に寄り、しばらく歩
くと、立派な鳥居の三囲(ミメグリ)神社が現れる。
近江三井寺の僧侶が崩れかけていたこの社を再
興(1353~55)されたとき、土中より白狐に跨った老
翁像が発掘され、その時、白狐が現れこの神像の
周りを三回廻った故事から「三囲」の名にしたという。
  
拝殿(1862年再建)、震災、戦災を免れ保存状態がよく昔の趣がある。左右に白狐、元はお稲荷さん。 ここは三井家が守護神としている神社である。旧三
越池袋店のシンボルの青銅製のライオン像が移設、
奥には三井家の先祖を祀った顕名霊社がある。
 
境内の左右の狐像は目尻の下がった温和な表情で、「三囲のコンコンさん」として親しまれている。隣には三越ライオンの台座もある。 ソメイヨシノは散ってしまったが、ボタンはあちらこ
ちらで楽しめた。
  
三囲神社を出て隅田川沿いに北へしばらく歩くと、右手に弘福寺と長命寺が現れる。参拝前に長命寺の桜餅を食べながら一休みする(14:00)。ここの桜餅屋の2階で正岡子規が学生時代、一夏を過ごした時の句碑が隣にある。 有名な「長命寺桜餅」。隅田川の土手の桜葉のエ
コリサイクルとして塩漬けにした江戸以来の人気
名物だ。
  
通りを回って長命寺へ。家光が鷹狩の途中、急病になり、この井戸水で薬を飲んだところ、たちまち快癒したので長命寺の号を与えたといわれている。 長命寺境内には芭蕉の句碑をはじめ名碑が多いこと
で有名。「いささらば雪見にころふ所まで」芭蕉句碑。
    
隣が弘福寺。大きな本堂が建っている、勝海舟が参禅していた。境内の咳の爺婆尊は口や喉の病に効くとされる(14:20)。 しばらく北へ歩くと、白髭神社(951年)が現れる。古
くからこの一帯の総鎮守。社殿(1864年)は戦災を免
れ貴重な建物だったが平成2年に放火により焼失、
平成4年再建。
  
本殿前の狛犬(1806年)の台座には奉納した吉原の松葉屋や山谷の八尾善の名が刻んであり、その信仰のほどが忍ばれる。 ここの境内に「岩瀬鴎所之墓碑」がある。幕末の幕
臣で「幕末三俊」の一人。外国奉行として日露講和
条約、日米修好通商条約の締結に尽力した。小島
資料館に詩書がある。
  
白髭神社からすぐに、国指定名勝・史跡の向島百花園がある。風流な文化人であった日本橋の骨董商が仲間の文化人たちから寄付を集め、サロン風に築いた江戸町人文化の庭園であった。東京大空襲で焼失、昭和33年に復旧、芭蕉などの句碑や石碑も多く設置されている。 悪天候予報で心配された天気も、時々薄日もさす
散策には最適な天気だった、ここにきて小雨が降
りだした。近くの東向島駅まで歩き解散した(15:30)。

 向島の桜を愛でる」フットパスでしたが、今年はソメイヨシノの桜は早く散り、ボタン桜が迎えてくれました。浅草寺の伝通院、普段は入れませんが、東北大震災・義捐金支援として特別開催されていた「大絵馬寺宝展と庭園拝観」を見ることが出来ました。それから吾妻橋を渡り北上しながら、古くからの風流情緒のある向島の由緒ある総鎮守の社寺を訪ねました。撫牛の牛島神社、三井家ゆかりの三囲神社、家光命名の長命寺と江戸名物「桜餅」、勝海舟も参禅した弘福寺、小島資料館と縁のある幕臣岩瀬忠震(蟾州・鴎所)の白髭神社、そして江戸町人文化人が造った向島百花園まで歩きました。向島は昔から町人文化の育った地域であり、スカイツリーとはちょっと似合わないような気がしました。
いつもは多摩丘陵、里山中心の自然、歴史、植物等のフットパスですが、今回は、向島の普段あまり訪れたことのない、地元の人だけが知る古跡・社寺を訪ね、江戸名物を味わったりしました。このようにいつもと違う東京の地元の隠れたる名所を訪ねるフットパス、これからもこのような企画も取り入れて行きたいと思います。(田邊博仁)
主  催:NPO法人「みどりのゆび」
講  師:小島政孝
事務局:神谷、田邊
 
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