みどりのゆび 多摩丘陵フットパス・ウォーク
 


 第7回 多摩の古街道 
【講師:宮田太郎−相模野の森の「古代東海道」と「大山行者道」】 

(2011年6月14日(火)10:00〜15:00)

 

【内容】相模原なんて、水も特徴もないただの野ッ原だなんて本当でしょうか?実は「水」も「遺跡」も「伝説」も豊かで、古代以来の街道がいくつも横断し、風向明媚かつ歴史ロマンあふれるところだったのです。町田のことを語るなら、相模野や武蔵野との深い関わりを知らなければ真実は見えてこないでしょう。飛鳥・奈良時代の大街道が、武蔵府中を経て多摩市〜町田の小野路、野津田、図師、木曽方面〜相模野の古淵、大沼、座間を経て足柄・箱根〜奈良の平城京・京都の平安京まで続いていた事実。「古代の大街道の痕跡」が今次々に発見され始めている相模野の森の中の痕跡と巨人伝説の謎を探索してゆきましょう。
【コース】: 古淵−森の中の謎の古街道痕跡−大野台の古代東海道と大山行者道、奥州古道痕跡−和風ファミレス「徳樹庵」(自由昼食)−古街道の十字路−麻溝台の古街道−日本近代測量の相模野線一等三角点(二ツ塚跡)と家康の御尊櫃御成道−北里大学付近から小田急線相模大野駅方面へ                                                   
・参加者:21名
天 気:晴れ
 
 JR横浜線古淵駅前で待ち合わせ 宮田先生のご挨拶「相模野は2000年の
歴史でわくわくするところです」
 
 古道跡に「道者みち」の道標 相模野は昔は大森林だったって
  
 天武天皇のときからの古道 「今はここ」森の中は分かり難い
 
 相模野の森にも広場が。公園? 万葉集と植物の案内板
 
 昼食予定の徳樹庵。
満員で分散昼食
大沼神社の祭神は厳島神社と同じ水の
神様とは」
 
 稲荷堂の祭神は? 碑文には日本武尊の火難の地と
            
 災害に安全な場所だから遺跡が残る。なるほど 古道はなぜ曲がって作られたか? 質問に
図を書き丁寧に解説。みんな古代学者に。
  
 樹齢からこの土地は200年前から変化なし.   宮田先生「これがキクラゲ」と。なかなか見
られないもの。これも天佑神助か。
取らずにそっと通過。
  
今回の古道探査はこれで終わり。次回はいざ
鎌倉古道へ
陸地測量部の地図はここから測量が。三角
測量の底辺相模野基線の三角点。住宅街
の一角に大切に保存。
 宮田先生よりコース設定について;「相模原は台地になっていて多摩丘陵ほど起伏がないという自然環境や、歴史的にも日本軍や進駐軍の拠点となっていたために市役所などの中心街は碁盤の目のような整備になっていて、普通にはあまりフットパスなどに適さないような環境に思われているようですが、とても素晴らしい森がたくさんあり、それを繋いで歩いていけるようになっているのですよということをお知らせしたい」と、今度のコースを作ってくださったということです。
 またそれらの道の中に小野路の八王子道と繋がる道もあり、「みどりのゆび」にとっては大サービスをしていただきました。今度仲間になってくださったイストラクターの会の武藤さんが「自分たちの仲間でもこのようなウォークをやっているが、宮田先生のはとても比べ物にならない、素晴らしいことをやっていらっしゃいますね」とおっしゃってくださったほどです。最近結婚された宮田先生の新居が相模原であることも先生の愛情がこもっている1つの理由だと思います。(神谷)
主  催:NPO法人「みどりのゆび」
講  師:歴史ライフ総合研究所 所長 宮田太郎
事務局:
茶谷副理事長、神谷、成田、鈴木(郁)、鮎田、根津
 
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