フットパス専門家講座 奥相模野、タツゴ(龍籠)山麓の古代集落(境川源流域)を歩く
2024.06.16
フットパス専門家講座 奥相模野、タツゴ(龍籠)山麓の古代集落(境川源流域)を歩く
[ 講師:古街道研究家 宮田 太郎 ]
古代国境・境目の地域(相模原市緑区城山)のフットパス
6月16日(日) 天気:晴 参加者:15名
6月は気温を考え、午後の半日コースで開催。当日は横浜線のJR「相原」駅西口バスターミナル脇の広場に集合。気温30度ながら総勢15名の方が参加。バスを降りた相原地区の「水ノ口(みのくち)」は、私が若い頃に調査していた「相原の鍛冶谷戸」にあり、鉄鍛冶遺構に伴うノロ(鉄滓*てっさい)を採取したことがある地です。
そして大きな団地「武蔵岡住宅」を抜けて境川へ…。クレソンが群生する清流が小さく「ひ」の字型に曲折する景観は、印象的なポイントでした。
境川上流の曲折地点で
その川の曲折ポイントで神奈川県側の「広田地区」へ。付近一帯は、古墳時代から平安時代まで大集落が営まれていた「武蔵岡遺跡」であり、都・県域双方の範囲にかかる広大なものです。その中央に立つと不思議な二つの山=タツゴ山がラクダのこぶのように並んでいるのが見えます。配布資料の画像と見比べながら、みなさんも不思議な景観に見入っておられました。
タツゴ山に見入るみなさま(写真:田邊)
武蔵岡遺跡からタツゴ山を眺める
二つのタツゴ山.。広田・武蔵岡より
この山は、古代の人たちが“祖先や父母を祀る祖霊山”として、遥拝・信奉されていた可能性があり、「雄龍籠(オタツゴ)山」と「雌龍籠(メタツゴ)山」の名称と共に、雨乞いや龍伝説があります。付近の遺跡や出土物からも渡来系文化の流入を感じる特別な場所です。――そして武相の境目、山地と平野の境目にあたる展望地に立ち、古代のまちづくりに関わった官人も眺めた(?)相模野の素晴らしい景観を楽しみました。
境目の丘からの展望地で(写真:田邊)
コンビニ休憩後は謎の多い「川尻八幡宮」へ。ここは二十四節気の中の“雨水の日”(2月18日,農業を始める日)に長大な参道(全長1,200m以上)の東端から太陽が昇る不思議があります。ご参加の皆さんも、参道の先に朝日が上がってくる不思議を想像されていたようでした。
長大な参道の延長方向を眺める(川尻八幡宮)
長大な参道の延長方向を眺める(川尻八幡宮)
川尻八幡宮で(写真:田邊)
社地の「川尻八幡古墳」は天武天皇の子孫が眠るという伝説があり、実際に直刀や鉄鏃、須恵器が掘り出されています。飛鳥時代の高位官僚がこの辺を通っていた可能性を思うとき、東北地方ともつながる「奥州古街道」や「古代甲州道」の存在が頭に浮かんできます
小山・相原に多い古代遺跡の謎などを想像しつつの、歴史ロマンウォーク
3月31日の渋沢丘陵ウォーキング参加後膝痛が再発し、参加を見合わせていましたが、だいぶ良くなったことと午後からの3時間程度の短いコースだったので、リハビリを兼ねて参加させていただきました。
今回訪れた川尻・広田地区にはホタルの里・境川巡りなどで散策したことがありましたが、さすがに宮田さんのガイドで歩くと色々な歴史講義を聞いているようで大変面白く、楽しい時間を過ごさせてもらいました。なぜ小山・相原には古代の遺跡が多いのか、なぜ立派な神社・寺院が多いのか等を学び又想像したりして、歴史のロマンを感じる1日でした。
<皆さまにご参考まで>
今回途中までしか行かなかった神秘の森「春日神社」ですが,グーグルマップで「川尻春日神社」を探すと写真も見つかります。著作権があるかもしれないのでここには掲載しませんが、すぐに見つかりますのでご興味のある方はトライしてみて下さい。
「ホタルの里」は、保存会の方々が、がんばっているおかげでホタルは多く見られます。ただホタルを見るには夜(19時以降)行かなければなりませんが、あの辺はかなり暗く、バス停に戻る道をよく覚えていかないと迷子になってしまい大変です。私は帰り道が良くわからなくなり、皆さんとトイレ休憩で立ち寄ったセブンイレブンで道を聞いたのですが、町田街道はあまり詳しくないようで、教えてもらったのは相原十字路(お分かりにならないかもしれませんが)迄の道でした。30分位歩いたでしょうか、雨は降ってくるし街灯が少なく暗いしで大変でした。ご注意を!
(文;鈴木弘)
広田地区の田んぼを歩く(写真:田邊)
[ 講師:古街道研究家 宮田 太郎 ]
古代国境・境目の地域(相模原市緑区城山)のフットパス
6月16日(日) 天気:晴 参加者:15名
6月は気温を考え、午後の半日コースで開催。当日は横浜線のJR「相原」駅西口バスターミナル脇の広場に集合。気温30度ながら総勢15名の方が参加。バスを降りた相原地区の「水ノ口(みのくち)」は、私が若い頃に調査していた「相原の鍛冶谷戸」にあり、鉄鍛冶遺構に伴うノロ(鉄滓*てっさい)を採取したことがある地です。
そして大きな団地「武蔵岡住宅」を抜けて境川へ…。クレソンが群生する清流が小さく「ひ」の字型に曲折する景観は、印象的なポイントでした。
境川上流の曲折地点で
その川の曲折ポイントで神奈川県側の「広田地区」へ。付近一帯は、古墳時代から平安時代まで大集落が営まれていた「武蔵岡遺跡」であり、都・県域双方の範囲にかかる広大なものです。その中央に立つと不思議な二つの山=タツゴ山がラクダのこぶのように並んでいるのが見えます。配布資料の画像と見比べながら、みなさんも不思議な景観に見入っておられました。
タツゴ山に見入るみなさま(写真:田邊)
武蔵岡遺跡からタツゴ山を眺める
二つのタツゴ山.。広田・武蔵岡より
この山は、古代の人たちが“祖先や父母を祀る祖霊山”として、遥拝・信奉されていた可能性があり、「雄龍籠(オタツゴ)山」と「雌龍籠(メタツゴ)山」の名称と共に、雨乞いや龍伝説があります。付近の遺跡や出土物からも渡来系文化の流入を感じる特別な場所です。――そして武相の境目、山地と平野の境目にあたる展望地に立ち、古代のまちづくりに関わった官人も眺めた(?)相模野の素晴らしい景観を楽しみました。
境目の丘からの展望地で(写真:田邊)
コンビニ休憩後は謎の多い「川尻八幡宮」へ。ここは二十四節気の中の“雨水の日”(2月18日,農業を始める日)に長大な参道(全長1,200m以上)の東端から太陽が昇る不思議があります。ご参加の皆さんも、参道の先に朝日が上がってくる不思議を想像されていたようでした。
長大な参道の延長方向を眺める(川尻八幡宮)
長大な参道の延長方向を眺める(川尻八幡宮)
川尻八幡宮で(写真:田邊)
社地の「川尻八幡古墳」は天武天皇の子孫が眠るという伝説があり、実際に直刀や鉄鏃、須恵器が掘り出されています。飛鳥時代の高位官僚がこの辺を通っていた可能性を思うとき、東北地方ともつながる「奥州古街道」や「古代甲州道」の存在が頭に浮かんできます
小山・相原に多い古代遺跡の謎などを想像しつつの、歴史ロマンウォーク
3月31日の渋沢丘陵ウォーキング参加後膝痛が再発し、参加を見合わせていましたが、だいぶ良くなったことと午後からの3時間程度の短いコースだったので、リハビリを兼ねて参加させていただきました。
今回訪れた川尻・広田地区にはホタルの里・境川巡りなどで散策したことがありましたが、さすがに宮田さんのガイドで歩くと色々な歴史講義を聞いているようで大変面白く、楽しい時間を過ごさせてもらいました。なぜ小山・相原には古代の遺跡が多いのか、なぜ立派な神社・寺院が多いのか等を学び又想像したりして、歴史のロマンを感じる1日でした。
<皆さまにご参考まで>
今回途中までしか行かなかった神秘の森「春日神社」ですが,グーグルマップで「川尻春日神社」を探すと写真も見つかります。著作権があるかもしれないのでここには掲載しませんが、すぐに見つかりますのでご興味のある方はトライしてみて下さい。
「ホタルの里」は、保存会の方々が、がんばっているおかげでホタルは多く見られます。ただホタルを見るには夜(19時以降)行かなければなりませんが、あの辺はかなり暗く、バス停に戻る道をよく覚えていかないと迷子になってしまい大変です。私は帰り道が良くわからなくなり、皆さんとトイレ休憩で立ち寄ったセブンイレブンで道を聞いたのですが、町田街道はあまり詳しくないようで、教えてもらったのは相原十字路(お分かりにならないかもしれませんが)迄の道でした。30分位歩いたでしょうか、雨は降ってくるし街灯が少なく暗いしで大変でした。ご注意を!
(文;鈴木弘)
広田地区の田んぼを歩く(写真:田邊)
【緑地管理報告 6/9(日)】
2024.06.09
6/9(日)曇 10:00~12:00 参加者3~5人
6/9日は午前中の前半は3人で草を刈りました。緑地にはカナムグラが目立って
いました。カナムグラは葉の形がキレイで花も可愛らしいけれど、ツルを
地面に這わせて延ばしていき、傍らの植物に巻き付きます。このツルに足を
取られて転んでしまうので、私達にとっては天敵です。
何年か前の秋、このカナムグラは色々な植物に覆い被さっていて、それが
薄い綿帽子を被ったようで、この光景はなかなかゾッとする眺めでした。
同じく緑地ではコナラの幼木が何本も10センチ位の高さになっていました。
この木は切らないで1メートル位迄にすると、ちょっとした雑木林になって
面白いのではないかと思いました。それ以上になったら薪にすれば一挙両得です。
午後からは、は傷んだ道標を取り換えなくてはならない為、5人で倉庫に
預けてある材料の確認をして緑地の倉庫に運びました。(報告 鈴木)
6/9日は午前中の前半は3人で草を刈りました。緑地にはカナムグラが目立って
いました。カナムグラは葉の形がキレイで花も可愛らしいけれど、ツルを
地面に這わせて延ばしていき、傍らの植物に巻き付きます。このツルに足を
取られて転んでしまうので、私達にとっては天敵です。
何年か前の秋、このカナムグラは色々な植物に覆い被さっていて、それが
薄い綿帽子を被ったようで、この光景はなかなかゾッとする眺めでした。
同じく緑地ではコナラの幼木が何本も10センチ位の高さになっていました。
この木は切らないで1メートル位迄にすると、ちょっとした雑木林になって
面白いのではないかと思いました。それ以上になったら薪にすれば一挙両得です。
午後からは、は傷んだ道標を取り換えなくてはならない為、5人で倉庫に
預けてある材料の確認をして緑地の倉庫に運びました。(報告 鈴木)
農と緑の管理
2024.06.08
農と緑の管理
大雪による倒木やタケノコの豊作‥‥宿緑地の管理は大いなる自然への対峙
町田市のふるさとの森は、市内の美しい緑地景観・歴史的環境の保護や、貴重な動植物が生育する自然環境の保全を目的として町田市が指定した緑地です。 私たちが管理する鎌倉街道に面した「鎌倉街道小野路宿緑地」は、本来は市がやるべきふるさとの森の保全を市民団体として協力支援し、保全を維持し、地形、植生、ゴミなどの管理を行っています。除草や清掃も大切な仕事ですが、みんなで緑を楽しみながら活動しております。
今年は、2月上旬に大雪に見舞われました。特に小野路では市街地と比べると大変な雪の量でした。竹林のシラカシの大木が雪の重みに耐えきれず、倒木しました。布田道は倒木による通行止めが数カ所、私たちの活動広場も全面にわたり、倒木で塞がれました。町田市公園緑地課に被害状況を報告するとともに、倒木撤去を依頼しました。
町田全域で倒木被害が多発していること、ナラ枯れが発生して通行に危険な個所から対応しているとのことでなかなか順番が回ってきませんでしたが、何とか3月末までに対応していただきました。
4月は、竹林管理のご褒美であるタケノコが発生する時期です。タケノコは豊作(表年)と凶作(裏年)が隔年にあらわれ、2024年は表年にあたります。タケノコの生育調査、タケノコ収穫まつり、穂先タケノコ収穫とイベントが続きました。
雨後のタケノコの言葉の通り、一週間でビックリするほどのタケノコが次々に生えるのは感動ものでした。
豊作がうれしいタケノコ祭り(写真:伊藤)
5月以降は、活動場所を竹林から緑地に移し、草刈りを進めて行きました。緑・グリーンは、安らぎや落ち着き、平和などの意味を持っているようです。 リラックス効果や疲労回復効果などがあると言われており、私たちの心を癒やしてくれています。気の置けない仲間と気持ちの良い汗をかき、みんなで緑を楽しみながら活動する楽しさは、日常の生活では得られない素敵な時間です。
お試し参加も大歓迎です。是非ご一緒に活動しませんか?
(文と写真:伊藤 右学)
タケノコ祭りで思うこと
今年の竹林はタケノコが豊作でした。皆の手で次々とタケノコが掘りあげられ、いつものように具たっぷりのタケノコ汁が好評でした。焚き火ではタケノコや松ボックリの炭も焼きました。一年に一度の楽しい一日です。
この日は皆張り切っていますが、寂しさも少し感じます。なぜなら普段フットパスで会う人たちの参加が少ないからです。参加者がもっと増えればもっと楽しい一日になりそうです。
今年はタケノコ祭りの翌週に初めて「穂先タケノコ」を収穫しました。2メートル以上に伸びた若竹の先端1メートルを切ると、これが「穂先タケノコ」です。一般のタケノコより精神安定作用のあるアミノ酪酸(ギャバ)の含有率が高いとの事。若竹をサクサクと切り倒す時は実に爽快です。
「竹水」も初めて採取しました。竹水は穂先タケノコを切った1~2週間後に竹の節と節の間に溜まります。竹を切ると確かに「竹水」がありました。これは飲料や化粧水に利用されているそうで、皆でペタペタと肌につけるとしっとりスベスベになった気がしました。不思議な事にカラになった竹の筒にゆらめきながら竹水が湧き出てきて、神秘的な現象に目が離せませんでした。
こんな事を多くの人と一緒に体験出来れば、より楽しいタケノコ祭りになりそうです。
(文:鈴木 由美子)
「穂先タケノコ」と「竹水」(写真:横山)
父の休耕田を再生した恵泉女学園大学の田植えに参加して
6月8日(土)天気:晴参加者:2名
朝から抜けるような青空に涼しい風が吹き、絶好の田植え日和だった。「別所」バス停より布田道を進むと「みどりのゆび」の宿緑地、その右手奥に田んぼがあります。当日は学園関係者、地域の農家の方、ボランティア市民の方と共に初参加の方も。
すでにうるち米、もち米用の2枚の田んぼに、今年はたっぷり水が張られており、苗床では苗取りが開始されていました。先生から作業手順の説明後、苗取り組(ボランティア)と田植え組(学生)に別れ、田んぼに散らばる。「みどりのゆび」から参加したNさんと共に”抜き足差し足”で苗床に。冷たい水が心地良い。尻餅をつかないよう気をつけながら中腰で苗を取り、藁で束ねる作業は腰が痛い。隣の田んぼでは先生と学生たちが横一列になって、束ねた苗を片手に田植えが開始されていました。多勢なので早い。苗取りが追いつかない。初参加の学生も多く、先生や先輩たちから叱咤激励の声が飛び交うたびに谷戸に笑い声が響き渡ります。周りの私たちもつられて大爆笑。 午前、午後で2枚の田んぼには早苗が美しく列を成していました。先生から「来年もやりますよー」と元気な声が。
2011年に恵泉女学園大学により、父の休耕田が田んぼとして再生されることになりました。畑作授業は承知していましたが、稲作にも、とその熱意に感動した記憶があります。
当時93歳の父は田んぼの再生を何より喜び、1年間、苗床作りから始まり、田植え、下草取り、そして稲刈りと、先生や学生たちと共にありました。後に病床で「あの1年間は嬉しかったなあ」と振り返り、95歳で永眠いたしました。私も田んぼに行けば父に会えるような思いで毎年出かけています。秋の稲刈り、今から楽しみにしています。
(文:松尾 加代子)
広瀬儀平(当時93歳)さん、ご指導による休耕田田植え
(写真(2011.6):田邊)
好ましい里山景観を維持するために
旧小野路宿に隣接する谷戸中で、布田道に接する当会管理地では、ハイカーの往来も多いため、好ましい里山景観を維持していきたい。
①緑地の草刈り
気温が低い冬場は、草枯れにより草刈りは不要。しかし、5~6月頃から雑草は勢い良く伸び始めて、放置すれば緑地を埋め尽くしてしまう。
9~10月頃に気温低下で雑草の生長が止まる迄は、3週間程度の間隔で刈り続けるのが望ましい。
夏場高温下で草刈りをするのは辛いが、自然には夏休みがなく、手を抜けば雑草は容赦なく繁茂して、秋口には無数の種子を拡散する。
会作業日では足りず、人目に付き易い物置と布田道の周辺は、適宜個人的に草刈りをしている。
②山地の整備
緑地の後背山地は、多数の倒木や笹藪で踏み跡すら見えない状態にある。
雑草が弱る冬場、下草刈りのうえ倒壊危険性が高い枯木は伐採しておきたい。しかし、冬場は竹林整備に傾注するため、必要な労力が割けない。
昨冬は個人的に笹を刈り、緑地に倒れそうな枯木へのアクセス路を開き準備しておいたが、結局は伐採出来なかった。
③作業勧誘の看板
里山に魅力がないのか、作業がしんどいからか、会員に参加要請しても特定の方以外は集まらない。
状況打破の試みとして、2022年秋からボランティア募集看板を、会員有志3名で緑地物置前に掲示している。この看板で昨秋地元の方が来てくれた。
会員高齢化が進むなか、体力が求められる里山作業を継承するため、比較的若い方々に先ずはお試し参加してもらいたい。HPやSNS掲示を検討し、現地募集看板も継続が望まれる。
(文:合田 英興)
ボランティア募集看板(左)(写真:伊藤)
大雪による倒木やタケノコの豊作‥‥宿緑地の管理は大いなる自然への対峙
町田市のふるさとの森は、市内の美しい緑地景観・歴史的環境の保護や、貴重な動植物が生育する自然環境の保全を目的として町田市が指定した緑地です。 私たちが管理する鎌倉街道に面した「鎌倉街道小野路宿緑地」は、本来は市がやるべきふるさとの森の保全を市民団体として協力支援し、保全を維持し、地形、植生、ゴミなどの管理を行っています。除草や清掃も大切な仕事ですが、みんなで緑を楽しみながら活動しております。
今年は、2月上旬に大雪に見舞われました。特に小野路では市街地と比べると大変な雪の量でした。竹林のシラカシの大木が雪の重みに耐えきれず、倒木しました。布田道は倒木による通行止めが数カ所、私たちの活動広場も全面にわたり、倒木で塞がれました。町田市公園緑地課に被害状況を報告するとともに、倒木撤去を依頼しました。
町田全域で倒木被害が多発していること、ナラ枯れが発生して通行に危険な個所から対応しているとのことでなかなか順番が回ってきませんでしたが、何とか3月末までに対応していただきました。
4月は、竹林管理のご褒美であるタケノコが発生する時期です。タケノコは豊作(表年)と凶作(裏年)が隔年にあらわれ、2024年は表年にあたります。タケノコの生育調査、タケノコ収穫まつり、穂先タケノコ収穫とイベントが続きました。
雨後のタケノコの言葉の通り、一週間でビックリするほどのタケノコが次々に生えるのは感動ものでした。
豊作がうれしいタケノコ祭り(写真:伊藤)
5月以降は、活動場所を竹林から緑地に移し、草刈りを進めて行きました。緑・グリーンは、安らぎや落ち着き、平和などの意味を持っているようです。 リラックス効果や疲労回復効果などがあると言われており、私たちの心を癒やしてくれています。気の置けない仲間と気持ちの良い汗をかき、みんなで緑を楽しみながら活動する楽しさは、日常の生活では得られない素敵な時間です。
お試し参加も大歓迎です。是非ご一緒に活動しませんか?
(文と写真:伊藤 右学)
タケノコ祭りで思うこと
今年の竹林はタケノコが豊作でした。皆の手で次々とタケノコが掘りあげられ、いつものように具たっぷりのタケノコ汁が好評でした。焚き火ではタケノコや松ボックリの炭も焼きました。一年に一度の楽しい一日です。
この日は皆張り切っていますが、寂しさも少し感じます。なぜなら普段フットパスで会う人たちの参加が少ないからです。参加者がもっと増えればもっと楽しい一日になりそうです。
今年はタケノコ祭りの翌週に初めて「穂先タケノコ」を収穫しました。2メートル以上に伸びた若竹の先端1メートルを切ると、これが「穂先タケノコ」です。一般のタケノコより精神安定作用のあるアミノ酪酸(ギャバ)の含有率が高いとの事。若竹をサクサクと切り倒す時は実に爽快です。
「竹水」も初めて採取しました。竹水は穂先タケノコを切った1~2週間後に竹の節と節の間に溜まります。竹を切ると確かに「竹水」がありました。これは飲料や化粧水に利用されているそうで、皆でペタペタと肌につけるとしっとりスベスベになった気がしました。不思議な事にカラになった竹の筒にゆらめきながら竹水が湧き出てきて、神秘的な現象に目が離せませんでした。
こんな事を多くの人と一緒に体験出来れば、より楽しいタケノコ祭りになりそうです。
(文:鈴木 由美子)
「穂先タケノコ」と「竹水」(写真:横山)
父の休耕田を再生した恵泉女学園大学の田植えに参加して
6月8日(土)天気:晴参加者:2名
朝から抜けるような青空に涼しい風が吹き、絶好の田植え日和だった。「別所」バス停より布田道を進むと「みどりのゆび」の宿緑地、その右手奥に田んぼがあります。当日は学園関係者、地域の農家の方、ボランティア市民の方と共に初参加の方も。
すでにうるち米、もち米用の2枚の田んぼに、今年はたっぷり水が張られており、苗床では苗取りが開始されていました。先生から作業手順の説明後、苗取り組(ボランティア)と田植え組(学生)に別れ、田んぼに散らばる。「みどりのゆび」から参加したNさんと共に”抜き足差し足”で苗床に。冷たい水が心地良い。尻餅をつかないよう気をつけながら中腰で苗を取り、藁で束ねる作業は腰が痛い。隣の田んぼでは先生と学生たちが横一列になって、束ねた苗を片手に田植えが開始されていました。多勢なので早い。苗取りが追いつかない。初参加の学生も多く、先生や先輩たちから叱咤激励の声が飛び交うたびに谷戸に笑い声が響き渡ります。周りの私たちもつられて大爆笑。 午前、午後で2枚の田んぼには早苗が美しく列を成していました。先生から「来年もやりますよー」と元気な声が。
2011年に恵泉女学園大学により、父の休耕田が田んぼとして再生されることになりました。畑作授業は承知していましたが、稲作にも、とその熱意に感動した記憶があります。
当時93歳の父は田んぼの再生を何より喜び、1年間、苗床作りから始まり、田植え、下草取り、そして稲刈りと、先生や学生たちと共にありました。後に病床で「あの1年間は嬉しかったなあ」と振り返り、95歳で永眠いたしました。私も田んぼに行けば父に会えるような思いで毎年出かけています。秋の稲刈り、今から楽しみにしています。
(文:松尾 加代子)
広瀬儀平(当時93歳)さん、ご指導による休耕田田植え
(写真(2011.6):田邊)
好ましい里山景観を維持するために
旧小野路宿に隣接する谷戸中で、布田道に接する当会管理地では、ハイカーの往来も多いため、好ましい里山景観を維持していきたい。
①緑地の草刈り
気温が低い冬場は、草枯れにより草刈りは不要。しかし、5~6月頃から雑草は勢い良く伸び始めて、放置すれば緑地を埋め尽くしてしまう。
9~10月頃に気温低下で雑草の生長が止まる迄は、3週間程度の間隔で刈り続けるのが望ましい。
夏場高温下で草刈りをするのは辛いが、自然には夏休みがなく、手を抜けば雑草は容赦なく繁茂して、秋口には無数の種子を拡散する。
会作業日では足りず、人目に付き易い物置と布田道の周辺は、適宜個人的に草刈りをしている。
②山地の整備
緑地の後背山地は、多数の倒木や笹藪で踏み跡すら見えない状態にある。
雑草が弱る冬場、下草刈りのうえ倒壊危険性が高い枯木は伐採しておきたい。しかし、冬場は竹林整備に傾注するため、必要な労力が割けない。
昨冬は個人的に笹を刈り、緑地に倒れそうな枯木へのアクセス路を開き準備しておいたが、結局は伐採出来なかった。
③作業勧誘の看板
里山に魅力がないのか、作業がしんどいからか、会員に参加要請しても特定の方以外は集まらない。
状況打破の試みとして、2022年秋からボランティア募集看板を、会員有志3名で緑地物置前に掲示している。この看板で昨秋地元の方が来てくれた。
会員高齢化が進むなか、体力が求められる里山作業を継承するため、比較的若い方々に先ずはお試し参加してもらいたい。HPやSNS掲示を検討し、現地募集看板も継続が望まれる。
(文:合田 英興)
ボランティア募集看板(左)(写真:伊藤)
他のまちのフットパスをみてみよう フットパスの新段階地域ごとに「つどい」を
2024.05.16
他のまちのフットパスをみてみよう フットパスの新段階地域ごとに「つどい」を
[ 講師:神谷 由紀子 ]
各地からの参加が地域活性化の応援に
5月16日(木)~17日(金)天気:曇のち晴 参加者:2名
フットパス協会のコロナ以後の新しい試みとして、5月16,17日に行われた新潟の「浦佐フットパスのつどい」は大成功を収めました。年一回だけの全国大会では交流機会が足りず、 地域ごとの「ミニ集い」が検討されています。浦佐のフットパスはその最初の実験です。
詳細は【浦佐フットパス|体験ツアー編関東・東北のミニ集い/2024.5.16】
https://youtu.be/q4flY2ywAXo?si=ZJ8Mo76Fo_VWmQcg
および続編の【セミナー編】でご覧ください。
北海道のエコネットワークの浦佐訪問をきっかけに、まず東北地方及び関東地方でさっと集まれるグループで東北支部の「ミニ集い」をやってみようということになりました。北海道のグループの他に、福島県西郷村の北浦さん、福島の山尾さん、歴史古街道団の鶴巻さん、「みどりのゆび」から伊藤さん、神谷、そして「フットパス協会」から尾留川さんが参加しました。
フットパス関東・東北のミニ集い
1日目は越後三山など浦佐の絶景が続くフットパスメインコースでしたが、主力ガイドの皆さんのそれぞれの人生と地域に根差す暮らしに基づいた説明が穏やかで豊かで、いかにもフットパスらしいご案内でした。夜にはセミナーが開催され、各地域からのエールだけでなく南魚沼市や新潟県担当者から力強い支援の言葉がありました。
2日目は地元の関さんに浦佐の街中を初めてゆっくりご案内いただき、内陸にありながら昔は長井市と同じように水運のまちであったことに驚きました。小さなまちなはずなのにもっとゆっくり見てみたり皆さんと話してみたい、また訪れたいと思える地域でした。
「浦佐まちづくり協議会」の関さんと川上さんが徹夜しながらたった10年ほどの間にフットパスをいくつも開発し、立ち寄り拠点をいくつも創り、会館を新開店し、地域に層の厚い協力的な人々の組織を創り上げてきたということが隅々までよくわかりました。二人とも元は行政職員だったこともあり南魚沼市さらには新潟県から強力な支援まで取り付け、「つどい」を開催できるまでに成長していたということに本当に驚きました。改めて地域力というものを実感しました。どのような地域にも有能な人材がいます。フットパスはこのような人材が活躍しやすい環境を作ることができるものだと改めて理解しました。
浦佐のように各地にはそれぞれしっかりした人材が創っているフットパスがあり、いつでも「つどい」が開催できるほどに育っています。このような地域がつどいを重ねることによって相互にもっと多くの交流機会を重ねることで、これからの地域活性化の根幹となることと信じています。今回の浦佐の実験はそのことを非常に明確にしたものでした。
巻機山
越後三山(写真:伊藤)
難関部分も楽しい
ミヤマエンレイソウも発見!
昔は魚野川を利用した水運商業地:船着き場
浦佐フットパス道標
(写真:伊藤)
浦佐毘沙門堂(写真:伊藤)
(文と写真:神谷 由紀子)
フットパス関東・東北のミニ集会に参加して
新潟県南魚沼郡浦佐で行われた関東・東北のミニ集会に参加して来ました。
浦佐フットパスは、魚沼地域の自然を活用した小さな観光の試験的ツアーとしていますが、内容はとても濃いものでした。特にガイド役を歴史や逸話に詳しい地元の方々がつとめ、知識が豊富で地元愛に溢れている様子が伺えました。またコースがコンパクトで見所が多く分かり易かったです。携わる方々の想いが参加者に伝わることが大切ですね。
参加者は31名で、各地のフットパス団体、地元新潟県の行政機関の方々と幅広い顔ぶれでした。これも主催者である「浦佐地域づくり協議会」の方々の努力の賜物と思います。交流会では、地酒八海山が振る舞われ、ほろ酔い気分で想いや課題を語り合えたことは有意義でした。
新潟県南魚沼では、コシヒカリの産地としてのブランド力向上と交流人口数の拡大を目的とした食のキャンペーン「南魚沼、本気丼 (マジどん)」を実施しているとのこと。
浦佐には、美味しいご飯を食べる楽しみもあり、また行ってみたいと強く思いました。
田植えを待つコシヒカリの苗。美味しいお米はここから
南魚沼、本気丼(マジどん)
(文と写真:伊藤 右学)
[ 講師:神谷 由紀子 ]
各地からの参加が地域活性化の応援に
5月16日(木)~17日(金)天気:曇のち晴 参加者:2名
フットパス協会のコロナ以後の新しい試みとして、5月16,17日に行われた新潟の「浦佐フットパスのつどい」は大成功を収めました。年一回だけの全国大会では交流機会が足りず、 地域ごとの「ミニ集い」が検討されています。浦佐のフットパスはその最初の実験です。
詳細は【浦佐フットパス|体験ツアー編関東・東北のミニ集い/2024.5.16】
https://youtu.be/q4flY2ywAXo?si=ZJ8Mo76Fo_VWmQcg
および続編の【セミナー編】でご覧ください。
北海道のエコネットワークの浦佐訪問をきっかけに、まず東北地方及び関東地方でさっと集まれるグループで東北支部の「ミニ集い」をやってみようということになりました。北海道のグループの他に、福島県西郷村の北浦さん、福島の山尾さん、歴史古街道団の鶴巻さん、「みどりのゆび」から伊藤さん、神谷、そして「フットパス協会」から尾留川さんが参加しました。
フットパス関東・東北のミニ集い
1日目は越後三山など浦佐の絶景が続くフットパスメインコースでしたが、主力ガイドの皆さんのそれぞれの人生と地域に根差す暮らしに基づいた説明が穏やかで豊かで、いかにもフットパスらしいご案内でした。夜にはセミナーが開催され、各地域からのエールだけでなく南魚沼市や新潟県担当者から力強い支援の言葉がありました。
2日目は地元の関さんに浦佐の街中を初めてゆっくりご案内いただき、内陸にありながら昔は長井市と同じように水運のまちであったことに驚きました。小さなまちなはずなのにもっとゆっくり見てみたり皆さんと話してみたい、また訪れたいと思える地域でした。
「浦佐まちづくり協議会」の関さんと川上さんが徹夜しながらたった10年ほどの間にフットパスをいくつも開発し、立ち寄り拠点をいくつも創り、会館を新開店し、地域に層の厚い協力的な人々の組織を創り上げてきたということが隅々までよくわかりました。二人とも元は行政職員だったこともあり南魚沼市さらには新潟県から強力な支援まで取り付け、「つどい」を開催できるまでに成長していたということに本当に驚きました。改めて地域力というものを実感しました。どのような地域にも有能な人材がいます。フットパスはこのような人材が活躍しやすい環境を作ることができるものだと改めて理解しました。
浦佐のように各地にはそれぞれしっかりした人材が創っているフットパスがあり、いつでも「つどい」が開催できるほどに育っています。このような地域がつどいを重ねることによって相互にもっと多くの交流機会を重ねることで、これからの地域活性化の根幹となることと信じています。今回の浦佐の実験はそのことを非常に明確にしたものでした。
巻機山
越後三山(写真:伊藤)
難関部分も楽しい
ミヤマエンレイソウも発見!
昔は魚野川を利用した水運商業地:船着き場
浦佐フットパス道標
(写真:伊藤)
浦佐毘沙門堂(写真:伊藤)
(文と写真:神谷 由紀子)
フットパス関東・東北のミニ集会に参加して
新潟県南魚沼郡浦佐で行われた関東・東北のミニ集会に参加して来ました。
浦佐フットパスは、魚沼地域の自然を活用した小さな観光の試験的ツアーとしていますが、内容はとても濃いものでした。特にガイド役を歴史や逸話に詳しい地元の方々がつとめ、知識が豊富で地元愛に溢れている様子が伺えました。またコースがコンパクトで見所が多く分かり易かったです。携わる方々の想いが参加者に伝わることが大切ですね。
参加者は31名で、各地のフットパス団体、地元新潟県の行政機関の方々と幅広い顔ぶれでした。これも主催者である「浦佐地域づくり協議会」の方々の努力の賜物と思います。交流会では、地酒八海山が振る舞われ、ほろ酔い気分で想いや課題を語り合えたことは有意義でした。
新潟県南魚沼では、コシヒカリの産地としてのブランド力向上と交流人口数の拡大を目的とした食のキャンペーン「南魚沼、本気丼 (マジどん)」を実施しているとのこと。
浦佐には、美味しいご飯を食べる楽しみもあり、また行ってみたいと強く思いました。
田植えを待つコシヒカリの苗。美味しいお米はここから
南魚沼、本気丼(マジどん)
(文と写真:伊藤 右学)
フットパス専門家講座 美の基準のある真鶴 背戸道風景を巡る
2024.05.16
フットパス専門家講座 美の基準のある真鶴 背戸道風景を巡る
[ 講師:浅黄 美彦 ]
「背戸道」と呼ばれる路地を歩きながら真鶴の魅力的な生活風景を巡りました
5月16日(木) 天気:曇参加者:11名
10時に東海道線「真鶴」駅に集合、それだけでなんだか旅に来た気分。戦前の駅舎の前で、「今日のコースでは、海、坂道、みかんの木、古い家あるいは点在する空き家を利活用した移住者のお店を訪ねながら、自然地形の残る真鶴のランドスケープを感じていただきます」とコースのアウトラインを説明し、スタートしました。
まずは「本と美容室」を訪 ねる。真鶴では、車が通れない路地や坂道のことを「背戸道」(せとみち)と呼びます。その背戸道を上りきった丘の上に、古い平屋の木造住宅を改装したものが本と美容室です,生け垣と広い庭が心地よいお店です。外観だけ眺めるつもりが、声をかけていただき内部を見ることができました。髪を切る部屋の奥のほうに本がたくさん置かれている部屋があり、窓からの光がちょうど入り、窓辺で本が読め、珈琲も味わうことができる癒される場所がつくられている印象でした。
本と美容室外観
本と美容室内部
次に訪ねたのは「真鶴出版」。木曜日はお休みなので外観のみですが、背戸道沿いの空き家を、真鶴町の「美の基準」にそって、自らの移住の意味に想いを馳せながら、建築家(トミト・アーキテクチャー)との協働で造り上げた「泊まれる出版社」です。
真鶴出版
さらに背戸道のアップダウンを歩き、石工の碑や丘からの海を眺め、真鶴らしい風景を楽しみました。
石工の碑階段前での集合写真
若い移住者が営む店の締めくくりは、「パン屋秋日和」。2019年にご夫婦で開業したパン屋さん。11時の開店に合わせてやってきました。外観も接客もほのぼのとして真鶴時間を感じさせるお店でした。山食パン、ラムレーズンなど、みなさん買い物も楽しんでいただきました。
パン屋秋日和
午前中の最後は、真鶴フットパスのもうひとつの目的、美の基準に基づき造られた渾身の公共施設「コミュニティ真鶴」の見学です。財政難の折りなのか開館日が少なくなり、まさかの休館は残念でした。ただ敷地内には自由に入ることができるため、中庭、背戸道との関係などを間近に見ることはできました。1994年竣工、設計は美の条例にも関与していた建築家・池上修一さん。
コミュニティ真鶴
コミュニティ真鶴から昔ながらの商店街を歩きながら港へ。西仲商店街は住民のための商店街で、のんびりとした空気と懐かしい風景があります。床屋、美容室が多い真鶴の中でも一押しの床屋がありました。
真鶴の床屋
昼食は港にある「真鶴魚座」で和気あいあいで魚介をいただきました。
満腹となり、午後はのんびりとお土産の干物などを買いつつ、岩海岸に向かい、途中いくつかの道祖神、高台からの海を眺めつつ、鄙びた岩海岸を訪ねました。あまり観光地には立ち寄らず、真鶴のふつうの風景を歩くフットパスでした。
真鶴駅近くの「あけびや珈琲店」の前で解散。
真鶴魚座前
(文と写真:浅黄美彦・田邊)
「美の基準」の実感にワクワク
「みどりのゆび」のフットパスには今年度からの参加ですが、今回は真鶴の街中を中心に回りました。集合時間の朝10時、天気は雨が降りそうな曇り空でしたが午後からは晴天となり、景色も堪能できました。
20年以上前に車で岬の方をぐるりと回って以来2度目の真鶴でしたが、今回はお約束のところではなく街中をじっくりと歩きました。
見て回って思ったことは、アップダウンのある場所に昔からの住宅が残っていることと、その中にリノベーションにより雰囲気の良くなった店舗が予想以上に目についたことでした。
午前中はリノベーションされた店舗や特徴のある建物を中心に見て回り、そのセンスに驚きました。外観だけでなく中も素晴らしく,「ここが真鶴なのか」とさえ思えました。特に「本と美容室」さんでは、中まで見学させていただき、おしゃれだなと実感しました。
道は登り下りがやや大変でしたが、次はどんなお店があるのかと思うと、大変さも吹き飛ぶようなワクワク感がありました。午後は景色がよく見えるところを通りながら「岩海水浴場」まで足を伸ばしました。
お土産として地元で有名なパン屋や干物屋も巡
り、おみやげもバッチリでした。
解散後に地元の喫茶店でケーキセットをみんなで堪能し、良い締めくくりになりました。
本と美容室入口ドア
真鶴道路岩大橋
岩海水浴場あけびや珈琲
(文:太田義博写真:田邊)
[ 講師:浅黄 美彦 ]
「背戸道」と呼ばれる路地を歩きながら真鶴の魅力的な生活風景を巡りました
5月16日(木) 天気:曇参加者:11名
10時に東海道線「真鶴」駅に集合、それだけでなんだか旅に来た気分。戦前の駅舎の前で、「今日のコースでは、海、坂道、みかんの木、古い家あるいは点在する空き家を利活用した移住者のお店を訪ねながら、自然地形の残る真鶴のランドスケープを感じていただきます」とコースのアウトラインを説明し、スタートしました。
まずは「本と美容室」を訪 ねる。真鶴では、車が通れない路地や坂道のことを「背戸道」(せとみち)と呼びます。その背戸道を上りきった丘の上に、古い平屋の木造住宅を改装したものが本と美容室です,生け垣と広い庭が心地よいお店です。外観だけ眺めるつもりが、声をかけていただき内部を見ることができました。髪を切る部屋の奥のほうに本がたくさん置かれている部屋があり、窓からの光がちょうど入り、窓辺で本が読め、珈琲も味わうことができる癒される場所がつくられている印象でした。
本と美容室外観
本と美容室内部
次に訪ねたのは「真鶴出版」。木曜日はお休みなので外観のみですが、背戸道沿いの空き家を、真鶴町の「美の基準」にそって、自らの移住の意味に想いを馳せながら、建築家(トミト・アーキテクチャー)との協働で造り上げた「泊まれる出版社」です。
真鶴出版
さらに背戸道のアップダウンを歩き、石工の碑や丘からの海を眺め、真鶴らしい風景を楽しみました。
石工の碑階段前での集合写真
若い移住者が営む店の締めくくりは、「パン屋秋日和」。2019年にご夫婦で開業したパン屋さん。11時の開店に合わせてやってきました。外観も接客もほのぼのとして真鶴時間を感じさせるお店でした。山食パン、ラムレーズンなど、みなさん買い物も楽しんでいただきました。
パン屋秋日和
午前中の最後は、真鶴フットパスのもうひとつの目的、美の基準に基づき造られた渾身の公共施設「コミュニティ真鶴」の見学です。財政難の折りなのか開館日が少なくなり、まさかの休館は残念でした。ただ敷地内には自由に入ることができるため、中庭、背戸道との関係などを間近に見ることはできました。1994年竣工、設計は美の条例にも関与していた建築家・池上修一さん。
コミュニティ真鶴
コミュニティ真鶴から昔ながらの商店街を歩きながら港へ。西仲商店街は住民のための商店街で、のんびりとした空気と懐かしい風景があります。床屋、美容室が多い真鶴の中でも一押しの床屋がありました。
真鶴の床屋
昼食は港にある「真鶴魚座」で和気あいあいで魚介をいただきました。
満腹となり、午後はのんびりとお土産の干物などを買いつつ、岩海岸に向かい、途中いくつかの道祖神、高台からの海を眺めつつ、鄙びた岩海岸を訪ねました。あまり観光地には立ち寄らず、真鶴のふつうの風景を歩くフットパスでした。
真鶴駅近くの「あけびや珈琲店」の前で解散。
真鶴魚座前
(文と写真:浅黄美彦・田邊)
「美の基準」の実感にワクワク
「みどりのゆび」のフットパスには今年度からの参加ですが、今回は真鶴の街中を中心に回りました。集合時間の朝10時、天気は雨が降りそうな曇り空でしたが午後からは晴天となり、景色も堪能できました。
20年以上前に車で岬の方をぐるりと回って以来2度目の真鶴でしたが、今回はお約束のところではなく街中をじっくりと歩きました。
見て回って思ったことは、アップダウンのある場所に昔からの住宅が残っていることと、その中にリノベーションにより雰囲気の良くなった店舗が予想以上に目についたことでした。
午前中はリノベーションされた店舗や特徴のある建物を中心に見て回り、そのセンスに驚きました。外観だけでなく中も素晴らしく,「ここが真鶴なのか」とさえ思えました。特に「本と美容室」さんでは、中まで見学させていただき、おしゃれだなと実感しました。
道は登り下りがやや大変でしたが、次はどんなお店があるのかと思うと、大変さも吹き飛ぶようなワクワク感がありました。午後は景色がよく見えるところを通りながら「岩海水浴場」まで足を伸ばしました。
お土産として地元で有名なパン屋や干物屋も巡
り、おみやげもバッチリでした。
解散後に地元の喫茶店でケーキセットをみんなで堪能し、良い締めくくりになりました。
本と美容室入口ドア
真鶴道路岩大橋
岩海水浴場あけびや珈琲
(文:太田義博写真:田邊)