•  フットパス活動の記録

フットパス専門家講座 東国(アヅマのくに)フットパス(その1)
2025.03.13

フットパス専門家講座東国(アヅマのくに)フットパス(その1)



[ 講師:古街道研究家 宮田 太郎 ]
相模川の「八景の棚」と、北条氏照娘・貞心尼が居た”環状集落&月見の丘”
3月13日(木) 天気:晴 参加者:14名

 「アヅ(ズ)マの国のフットパス」の一環として、かつて相模国と呼ばれてきたエリアのうち、相模川の流れと、その段丘崖から湧き出す無数の湧水が造り出した小河川沿いの面白さをぜひ紹介したいと、早春の相模川の段丘崖周辺を歩くコースを設定しました。
 当日はJR相模線の「下溝」駅に集合。近くの「八景の棚」の一角から雄大な相模川と丹沢の山々の眺めを楽しみ、「三段の滝(新旧二つ)」や「磯部の土塁」などを見ました。


三段の滝にて


相模川三段の滝近くの広場で(写真:田邊)

 進むと、そこには戦国時代の小田原北条氏関連の「環濠集落(館城)」が、段丘下の低地に存在しています。珍しい中世武士の暮らしの痕跡です。





 この集落は、台地からの湧水が集まってできた
保川(どうほがわ)をUの字型に屈曲させて、防衛も兼ねた島状地形を形成したものです。
 そこは昔から「下溝堀ノ内」と呼ばれ、小田原北条氏の第4代目・氏政の弟,氏照(八王子滝山城、八王子の城主)が、娘の貞心尼のために、安全な環濠のある館城を築いた場所です。

 この方の夫は有名な山中大炊助という武将だったのですが先立たれ、一人娘も失い、尼となって当地で過ごしたようです。30歳代後半で亡くなり、近くには菩提寺もあります。
 興味深いのはお付きの武士たちの子孫がまだ環濠集落内や周辺に住んでおられることです。また、地元の人々から、今でも大変慕われているということです。
 北条氏照は八王子のみならず、実は座間や海老名近くまで「由井領」という領地を持っていた可能性が高く、座間キャンプ辺りも「磯部城」という城の範囲ではないかと考えていますが、この辺りも「氏照領」だったことになります。
 貞心尼さんを祀るお堂も環状集落の中にあり、参加者の皆さんと実際に堀の中を歩いてみました。
最後は段丘崖に今も残る古道を登って台地上のGIONスタジアムに出ました。そこには、伝説のとおり、貞心尼さんが二十三夜の月見をしたり、丹沢に沈む夕陽を眺めて暦を体感したりしたという小さな山があり、外周のランニングコースの中の小さな丘として今も存在していることがわかります。


段丘崖の古道を登る

 最後は横浜水道上にある遊歩道(トロッコ道の解 説板あり)を、女子美大のバス停から各駅へと向かいながらの解散となりました。
(文と写真:宮田 太郎 )


大きく蛇行している相模川と段丘崖(写真 : 田邊)

貞心尼ゆかりの遺蹟に、地元の愛を感じて



 今回のフットパスは橋本駅に集合し、そのまま相模線に乗車。下溝からスタートとなりました。当日は天気も良く、歩きやすいコンディションでした。今回は相模原市下溝を中心に、前半は相模川沿いの「八景の棚」の景色を楽しみ、後半は北条氏照の娘ゆかりの地を巡リました。
 まず崖の上から相模川を見渡し、そのまま川に向かって降りて行きました。相模川に沿ってしばらく歩き、「三段の滝」を見て青空の下軽いお昼をとりました。
 後半は歴史の舞台に進みます。相模川につながる鳩川・道保川沿いをゆっくりと歩き、古道を所々確認しながら、貞心尼の居住していた「環状集落跡」をぐるりと一周しました。貞心尼とは、戦国時代に小田原を中心に関東を領有していた北条氏照の娘だそうで、私は今回初めて知りました。現在の地図でも、ここだけうっすらと、過去の集落の痕跡のようなものがわかるところでした。そこから古道を移動しながら、家族を亡くした貞心が月を眺めていた「月見の丘」と、その碑を確認しました。
 相模原の下溝地区には貞心尼ゆかりの神社や宝物などが残っており、地元の方に今でも愛されていることがよくわかるフットパスでした。
 最後に、宮田さんのフットパスでの資料は枚数もさることながら、興味深い手書きコメントが多く読み応えがあり、それだけでも楽しめました。ありがとうございました。


貞心尼ゆかりの神社


宮田太郎先生

( 文と写真:太田 義博 )
2025.03.13 08:06 | 固定リンク | 緑地管理
【緑地管理報告 2/23(日)】
2025.02.25
2月23日(日) 10:00~12:00、晴れ、参加者8人

今月の竹林整備
(1)昨年の雪で倒れたシラカシの大木がやっと始末できた。竹林広場を占領した景色が
元にもどりました。運び安くするため幾重にもなった細かったり太い枝をノコギリや
小型チェーンソーで切り、運び出しました。
夏場は、緑地の管理へ移ったほかイベントを行ったのでまる1年がかりでした。
「大変だったね。」「でもコツコツと為せば成る」の境地です。

(2)先月に続き、筍掘りに向けて、下の段への通路づくりをする。
今回は太い竹が切られ土留め用に更に30cm位に切る。
斧と木槌の一撃で半分にし中側の節を切り落とす。
これを木槌で打って土に埋めていくのだが木の根が絡んだりして
中々埋まらなかったりで大変でした。来月はロープを張っていく。

(3)タケノコの生育のため古竹を切り倒す。
竹林で黄色く変色したり密集して曲がったりしたものを切りました。





2025.02.25 08:51 | 固定リンク | 緑地管理
鶴川フットパス 鶴川(能ケ谷)の四つの古民家を巡る
2025.01.26
[ 講師:浅黄 美彦 神谷 由紀子 田邊 博仁 ]

鶴川の土地や開発の歴史を顧みながら四つの古民家を巡ります

1月26日(日) 天気:晴 参加者:31名

 小野路宿がフットパス発祥の地とするならば、千都の杜のあるかつての能ケ谷の森は、そのきっかけとなった場所でもあります。
 鶴川駅周辺は空も大きく、なんだかのどかな雰囲気が漂うのは、かつて多摩丘陵の自然の中に集落が点在する豊かな場所であった由縁でしょうか。そんな集落のひとつが能ケ谷で、今でもその面影が随所に残っています。最初に訪ねる駅前の「鶴川香山園(つるかわかごやまえん)」は、池泉回遊式庭園と書院造りの建物(瑞香殿)がある名家の邸跡で、昨日開園したばかりの都市公園です。ここを起点としてみなさんにお見せしたい鶴川駅周辺のフットパスコースがいくつもできそうな予感がします。


鶴川香山園・瑞香殿をバックに参加者と(写真:田邊)


開園した池泉回遊式庭園と瑞香殿(1906建立)(写真:田邊)

 津久井道を東へ少し歩き、鈴木工務店の当主が代々受け継いできた築150年の茅葺古民家「可喜庵」へ。江戸末期に造られた古民家の内部で、住まいの模型展示や古本市を眺めた後、建築家でもある現当主の鈴木さんから、古民家ながら快適な暮らしの研究の場にもなっていることや、茅葺屋根の葺き替えのこと、先に見た香山園の瑞香
殿の棟梁は先々代当主であることなど、興味深い話をお聴きすることができました。


可喜庵古民家と当主からの説明風景

 江戸の道であり谷道になっている津久井道から妙行寺の境内を上り、多摩丘陵のエッジからの眺望を楽しむ。はるか三輪の大木の樹形がくっきりと見えました。
 丘の上は、かつての能ケ谷の森を開発した大規模住宅分譲地「千都の杜」。隣接する平和台に住む神谷さんより、開発前の能ケ谷の原風景のことや開発の経緯、反対運動のことなどを話していただきました。開発を止めることはできませんでしたが、所有者、周辺の方々、開発者などが歩み寄り、折り合いをつけながら今の千都の杜があるようで、緑道のネットワーク、尾根沿いの緑地の配置、擁壁を緑で隠す、高い緑被率などの配慮に繋がっていったようにも感じられます。


千都の杜住宅地

 住宅地の緑道を進むと、能ケ谷神社に繋がっています。「能ケ谷神社」は、真光寺川の東側の丘の上、住宅地の一画にある小さな神社という佇まい。かつては能ケ谷村の鎮守としてランドマークだったのでしょう。神社は区画整理地事業地内に組み込まれ、開発完成当初は禿山となっていたのが20数年を経て、立派な神社の森となっています。戦前、白洲次郎・正子夫妻は能ケ谷に居を構えますが、近くに東照宮(合祀され大正期に能ケ谷神社となる)があることと、造詣の深い「能」の字を冠した地名に縁を感じたからだと、白洲正子の『鶴川日記』に書いていました。
 屋根の葺き替えのこと、先に見た香山園の瑞香殿の棟梁は先々代当主であることなど、興味深い話をお聴きすることができました。

 神社から平和台の住宅地を抜けると三番目の目的地「みんなの古民家」となります。
 みんなの古民家のオーナー石川さんから、江戸末期に造られた古民家のこと、今もカマドで火が炊かれていること、1977年まで暮らしていた母屋を2014年からレンタルスペースとし、シェアキッチン、マルシェなどを開催。古民家を開放していく、まさに「みんなの古民家」利活用のお話を聴くことができました。保存でも移築でも解体でもなく、その場でありのままに古民家をたくましく利活用する優れた事例と感じました。


「みんなの古民家」で石川さんのお話を聞く(写真:田邊)

 昼食はみんなの古民家周辺のいくつかの飲食店に分散してとり、最後の「武相荘」へ。
 白洲次郎・正子夫妻が1943年に転居してきた藁葺屋根の古民家は見事にリノベーションされ、英国のカントリーハウスといった趣も感じられます。現在の旧白洲邸「武相荘」は記念館・資料館として一般公開されています。この日はちょうど骨董市が開催されており、敷地内は入場無料で入ることができました。
 武相荘の骨董市を眺めて、四つの古民家を巡るフットパスを終了しました。
(文と写真:浅黄 善彦)


武相荘

「鶴川の四つの古民家を巡るフットパス」に参加して

 町田市鶴川駅近くに、地域の文化的財産を再生した市立公園「鶴川香山園(つるかわかごやまえん)」が1月25日に開園した。それを近隣の古民家が祝う「鶴川OMOTENASHI祭り2025」イベントがあり、NPO法人みどりのゆびもフットパス・里山歩きツアーを企画し、浅黄さんに教えていただき参加した。理事長の高見沢邦郎先生に久しぶりにお会いできた。
 出発点は、神蔵家の灸治所として親しまれていたという香山園。瑞香殿が、レストランとして整備されている。1906年に鈴木工務店の先々代が建築した端正な表情の建物である。
 次の「可喜庵」は鈴木工務店の茅葺建物である。江戸時代末頃に隠居用の建物として建築されたとご当主からお聞きした。15年前に行われた茅葺の葺き替え時には、市民の方々も作業に参加したという。色々な集まりが企画されて、気持ちよいスペースをつくっている。工務店事務所の建物も色彩や材料の使い方が粋で、素敵な建物だ。
 蓮の絵で知られる「妙行寺」の裏手を登って、大規模住宅開発地の「千都の杜」へ。かつては能ヶ谷の森として親しまれた緑地で、開発反対運動を経て、緑の多い質の高い住環境を形成している。
 三つ目の「みんなの古民家」は石川家のかつての母屋で、今も囲炉裏など、時々は火が使われている。離れは民泊に使われ、ジンバブエなど海外からの宿泊者との交流が持続的になされている。
 また、撮影スポットとしても有名。農の営みを大切にして、近くにある有名な里地の寺家町で古代米を栽培したり、野菜を敷地内で栽培している。最後は、有名な「武相荘」。骨董市が開かれていた。流石に茅葺屋根は凛として風格がある。
 スタンプラリーで4つの古民家を訪れて、出発点の香山園に戻り、くじ引きができた。中には3等を引き当てた方もいて、幸先の良い年明けのイベントでした。
(文:若林 祥文)



スタンプラリー3等賞を祝福(写真:田邊)

2025.01.26 22:10 | 固定リンク | フットパス
【緑地管理報告 1/19(日)】
2025.01.20
1/19日(日)10:00~12:00 晴れ時々曇り         
参加者 10名


今月の竹林整備の作業は、
(1)昨年の雪で倒れて、まだ処理しきれないでいた木を片付けました。
 まだ残っているものの、広場はずいぶんスッキリしました。

(2)また、下の段と安全に行き来出来る  ように通路を作り始めました。
 作り方は、土留めにするため、まず竹を切り倒します。それを20センチ位の
 輪切りにして、半分に割ります。
 半分に割った竹を一段につき5~6個木槌で上から叩いて土に埋めます。
 これを階段の段数分行います。まだ道半ば、地味で根気と力のいる作業です。

(3)念願の丸太の椅子も、広場に幾つか設置出来ました。
 座り心地がいいです。

今回は、12/15日の小野路再発見ツァーに参加した方が加わって下さり、
一緒に作業出来て楽しかったです。

昼食後は、12/15日の反省とタケノコ祭りに向けての打ち合わせをしました。

(記 鈴木)
2025.01.20 23:25 | 固定リンク | 緑地管理
他のまちのフットパスをみてみよう 高尾山「ダイヤモンド富士」と自然とのふれあい
2024.12.20
[ 講師: 小林 道正 ]

年1回だけのダイヤモンド富士と、ムササビとの遭遇を期待して



12月20日(金) 天気:曇り 参加者:9名

 高尾山からの富士山の眺めは格別です。夕日が富士山の山頂に沈むのはもっと格別です。しかし今年は残念ながら雲に覆われて見ることはできませんでした。


2024年12月20日15時10分


2024年12月22日16時16分

 高尾山から見る富士山に夕日が沈むのは冬至の日(12月21日)と前後1日の数日間だけです。下記の資料は東京の「日入の位置」と「日出と日入の時刻」です。日入の太陽の位置が高尾山から見て最も南寄りのところに富士山があります。そして冬至の日に最も昼が短くなりますが、日出が最も遅い日と日入の最も早い日は冬至ではなくズレているのが不思議ですね。




高尾山山頂で記念写真

 「ダイヤモンド富士」は残念ながら見ることができませんでしたが、それでも今回のフットパスが満足いっぱい感激いっぱいになれたのはムササビの飛翔が見られたからです。巣穴の下で待ち受ける私たちの頭の上を、そして目の前を飛んで森に消えて行きました。さらに、その映像を記録できたことで何度も感動を振り返ることができました。


ムササビが頭の上を飛んだ!

 高尾山にはたくさんのムササビが住み着いています。それはムササビが食事をした痕や糞を見つけられることや、多くの巣穴があることから確認できます。
 高尾山には1300年の歴史のある薬王院があります。修験道の道場として神聖な山が守られ、時の権力者からも篤く保護されてきました。そのおかげで多種多様な自然が残っています。

 冬の季節の人気は「シモバシラ」です。地面から氷の柱が成長する霜柱ではなく、シモバシラという植物の茎に氷の華ができるのです。


「氷の華」といわれるシモバシラ

 12月になっても、真っ赤に紅葉したメグスリノキの葉が残っていました。モミジやカエデの仲間です。プロペラのような種子を見れば分かりますが、その大きさにビックリします。


メグスリノキの葉


一番上がメグスリノキ、一番下
がイロハモミジの種子もありました

 キジョランの実と種子もありました。ウリのような実が縦に割れて白い綿毛の種子が風になびいています。この白い綿毛が鬼の老婆が髪を振り乱している様子を連想させて鬼女蘭と命名されました。
 キジョランにはもう一つの魅力的な話題があります。この葉っぱを食草としているアサギマダラは、数百kmもの渡りをするといわれています。秋に卵から孵った幼虫はキジョランの葉っぱを食べながら冬を越します。これだけでも驚きですね。幼虫の葉っぱの食べ方に特徴があります。キジョランの葉っぱには毒があるからです。初めに円を描くように噛んで筋を付けます。すると円の内側の毒が白く染み出てきます。そうしてから内側の葉っぱを食べるのだそうです。




キジョランの実と綿毛のついた種子


アサギマダラの幼虫とキジョランの葉っぱ

 高尾山内には、四国八十八カ所の札所の土と一緒にお大師像が建立されています。今回は約半分の三十五カ所をお参りしました。次回は是非「八十八大師巡拝結願」していただきと思います。


弘法大師が祀られている四天王門(写真:田邊)
(文と写真:小林 道正)

「高尾山からダイヤモンド富士を見る」に参加して



 前日は初雪がちらつく寒い天気でしたが、当日はそこまで寒さを感じませんでした。今回のフットパスの見どころは、高尾山の多様な自然体系としての植物、頂上から見る雄大な景色としての富士山、そして珍しいムササビの生態です。
 山頂へ向かう途中、高尾山の多様な植物について小林先生に解説してもらいましたが、ハイライトのダイヤモンド富士は雲に邪魔され今回は不発に終わりました。ただ、ムササビの飛翔する姿が見られて感激しました。
 高尾山にムササビが生息していることは知っていましたが、夜行性でもあり、実際に飛翔する姿を、それも眼前を通ること一瞬でしたが、自分にぶつかるのではないかと思うほどに遭遇することができました。もともと里山の人家周辺にも棲んでいる身近な動物で、巣穴から出て採食を始めるのは日没の30分後と決まっているということです。高尾山には巣穴を作る大きな樹木と餌になる樹種も多く、さらに滑走ができる高い木も多く植生している環境がお気に入りのようです。今回の観察場所は建物の軒下という少し特別な場所でしたが、他にもムササビの巣穴を教えていただきました。これからもムササビが観察できる高尾の山の自然環境を残していく事ができれば良いと実感いたしました。
 ケーブルの頂上駅で購入した「天狗焼」は家族で好評でした。黒豆の入った味も素晴らしく、最高のお土産となりました。
(文:太田 義博)
2024.12.20 17:07 | 固定リンク | フットパス